「2037と新宿と私」

「2037と新宿と私」
時空をまたぐ謎のユニット「2037」のメンバーである入江陽氏に取材を申し込んだところ、以下のFAXが届きましたので掲載いたします。

みなさん、こんにちは。私は新宿生まれ、新宿育ち。こどもの頃は、両親に連れられてよく伊勢丹に行ったものです。
2017年2月のある日、新宿の名曲喫茶Rで、ファッションディレクターの山口壮大さんとお茶をしていました。
海外でも活躍される山口さんが、なんとタイムリープしたことが一度も無いとおっしゃっていて、私はとても驚きました。
私は、ひょんなことからつい先日、1997年、2037年に行ってきたのです。

1997年、新宿。
20年前の、10歳の私(ガラスの少年時代)に会いに行きたい、と思いましたが、自分に会うのはちょっと怖い。
まずは名曲喫茶Rに行ってみました。一階の禁煙席に座ると、隣に家族と一緒にエビピラフの上の目玉焼きをうれしそうに食べている女の子がいました。
見覚えのある顔だと思ったら、歌手のBOMIさんでした。子供の頃から元気ハツラツ。
声をかけようか、とも思いましたが、ご家族に警察に通報されても困るので、おとなしくコーヒーだけ飲んで帰ることにしました。
まだ消費税は5パーセントだったので、ちょっと得した気分。

2037年、SHINJUKU。
50歳の私が健在か知るのが怖い気もしましたが、勇気を出して会いにいったところ、まあまあ元気そうで、髪の量もまあまあ 、でした。
SHINJUKUの街では奇妙なリズムの音楽が爆音で流れており、聞こえてくる会話もよく意味がわかりません。
怖くなった私は逃げるように名曲喫茶Rへ。そこにいたのはパンケーキを皿の上に何枚も重ねてうれしそうに眺めている派手な格好の男。
見覚えのある顔だと思ったら、ミュージシャンのTeppei Kakuda君でした。
40代でイケイケの音楽プロデューサーとなった彼も髪の量はまあまあでした。マフラーをしきりにねじくり回しながら、
緑色の錠剤やピンク色の飲み物をすすめてきましたが、おとなしくコーヒーだけ飲んで帰ることにしました。

私は新宿生まれ、新宿育ち。こどもの頃は、両親に連れられてよく伊勢丹に行ったものです。
2017年に帰ってきた私は、4月のある日、BOMIさんとTeppei Kakuda君を名曲喫茶Rに呼び出しました。そしてその日、三人で「2037」を結成することになるのです。

—————————–
【解説】
20年後の東京をテーマとした”2037年トーキョーcollection – TOKYO 解放区×PARCO -“のキャンペーン(2017年4月5日〜19日)にて会場(伊勢丹新宿店など)で配布された「新聞」に掲載。2017年3月に書きました。

新宿で生まれ育った私にとって、伊勢丹でのキャンペーンへの参加は感慨深かったです。
この企画に誘ってもらうきっかけを作ってくれたBOMIさんに大感謝です。

「1997」

「2037」

2017/06/04